今年の秋も
雄ジカと朝のひと時ー。
今年も奈良の紅葉は美しかった。
いつも同じ場所に行ってます。
地味だけど、人が少なくて落ち着いて秋の彩りが観賞できる場所。
来年の今頃、何処にいるか分からないから、
いつもより頭に浮かぶ一期一会という文字。
徒歩圏内にある、こんなステキな場所。
この街に暮らせる贅沢は日々感じている。
この日常風景が、非日常になるのだろうか。
たとえ一時期離れても、また戻りたい気持ちは強い。
離れることで、今よりもこの街の良さを再発見して、
もっともっとこの街が好きになると思う。
ただ、このまま惰性で居続けても、ルーティーンになってしまう。
新しい可能性を探すためには、一度新しい環境に出ていかなければ、という思いもある。
これから
どうしていこうか、考えても考えても
先に進まない、そんな日はある。
苦しいけれど、じっと待つしかないのかな。
お酒のこと
実は、3月から受験勉強のために禁酒をしていて、お酒が飲めなくなりました。
試験が終わった日、久しぶりに口にした日本酒が飲めなくなっていたのです。
アルコール度数の弱いチューハイもダメでした。
少し身体に入れただけで、フラフラになってしまいます。
あんなに、毎日欠かさず飲んでいた日本酒が飲めなくなった、一抹の寂しさがあります。
お酒のない生活。
メリット、デメリットを考えると奈良で生活するぶんにはデメリットの方が大きいように思います。
飲めなくなり、酒場の雰囲気にも入り込めなくなったのです。
あのお酒の力で、高揚した酒場の雰囲気に近づくのがしんどくなったのです。
だからって、一人で家で飲もうとも思わなくなりました。
これまでは、自分の居場所のように、一人行きつけの酒屋に足を運び、それなりに楽しい時を過ごしてきたことを思えば、その時間を失ってしまったことは寂しいです。
酒を飲まなくなると、酒飲み友だちもそれと共に去っていき、交友関係も狭まってしまう気がします。
特に、今いる街では、お酒繋がりの関係が多かったので。
リハビリすれば、もう一度お酒の美味しさが分かるようになる時が来るのかもしれません。
ただ、無理してそうしたいと思わないのが正直な気持ちです。
酔うことで、魔薬のような液体を体内に取り入れて、刹那的に今の不安な気持ちを紛らわすことが出来るのは、分かっているのですが・・・。
因果関係はないけれども、お酒を止めたことが一つのターニングポイントのようにも感じられるのです・・・。
棘を抜くように
ここ数日間、これからの事を考えると思い悩む事が多く、鬱状態が続いていました。
どうすれば楽になれるか考えても、動く気力すらない時もあり・・・。
楽になるのが無理ならば、この症状を緩和できる術はないか、そう考えた時、かろうじて思いついたのが、指に刺さった棘を抜くように言葉を紡ぎ、心情を吐露する事でした。
だから、今こうして、放置状態だったブログに、堰を切ったように新しい投稿が流れ込んでいるのです。
仕事が見つかれば、春から移住しようと思います。
今、移住先での仕事を探しています。離島ですから、仕事にも限りがあって、移住したい人が一番苦労するのがこの問題です。
ずっと住み続けるわけではなく、元の場所に戻る選択肢も残しながら、期間を決めて別の環境に身を置こうと思っています。
環境を変えて生きる中で、生き方を模索していこうと考えています。
今いる場所に不満があるわけではありません。
むしろ、移住を考え始めた当初は、今いる場所への未練があって、幾度となく決断を踏みとどまらせもしました。
未練は完全に無くなった訳ではありません。
でも、こうするより他、仕方ないです、心と身体が欲している以上、無理にそれを抑圧すると、また地元にいたあの一時期のように、苦しくて吐き続けてしまうでしょうから。
人生が旅で、私たちが旅人ならば、新しい船出の時が近づいているのかもしれません。
今年の夏の追憶ー
2017年ー大崎上島の海。
私はこの夏の大半を大崎上島で過ごしていました。
島滞在の最終日ー、明日から奈良での生活が再開する、そんな8月最後の日の朝は、天高く涼やかな風が吹き、新しい季節を感じました。
あんなに大好きな奈良なのに、帰りたくない気持ちの方が強かったです。
2017年の夏は、毎日数え切れないくらい笑って過ごして、
自分より一回り下の年代の、弟や妹のように可愛らしい島の子たちと触れ合い、暑い中発狂しながら受験勉強して、庭の植物を毎日食べて、ちょこっと農作業手伝って、そんな時間が幸せでした。
一年先、否、半年先の自分が一体何をしているのか、どこにいるのか、今は全く見えない現実を目の前にして、心救われたのは毎日目にした植物たちでした。
か弱い苗木たちが、来年どんな風に逞しく育っているかこの目で見てみたいから、私も頑張って生きていこうと思えた瞬間が幾度もありました。
クズに巻きつかれながら、必死に生きようとしていた苗木たちは、来年どうしているだろう。
期間を決めて、奈良を離れてみようと本気で思ったのは、その頃からです。